@article{oai:hirosaki.repo.nii.ac.jp:00005833, author = {桐村, 豪文}, journal = {弘前大学教育学部紀要}, month = {Oct}, note = {〈生〉を中心に置いた社会正義論を、本稿と続稿を通して展開する。本稿では、身体と他者をキーワードに、〈生〉について論じる。  ハイデガーは人間存在の〈生〉の様子を「被投的企投」という。それは、企投性と被投性の二つの契機が常に作動しながら生きる様子を意味する。身体はまさにこの動的な〈生〉をいうものである。身体は、①動的安定性の観点から、②前言語的な企投的身体は、③輪郭が常に定かでないままに、④意味的ネットワークを構成し、⑤ネットワーク内には、“中心”“周縁”の差異が生まれ、その安定性を保持しようとする。⑥企投的身体はその発現をもって被投的身体を得るが、⑦その発現は決して単線的なものではなく、身体と環境条件との動的な対話がそこでは為される。⑧そして、その対話では、しばしば差異を消費して社会的身体を一時的に担うという事態がある。ここにいう差異は他者の現れの一つであり、他者の現れには、①差異として、②否定としての二面性がある。}, pages = {155--166}, title = {身体と他者と国家(1)- 〈生〉をめぐる正義の理論の構築:身体・他者編 -}, volume = {122}, year = {2019} }